リンゴ畑をすり抜ける風のように
日本でオーガニックにこだわるリンゴ農家さんは、たった4名しかいない。
化学農薬・化学肥料・除草剤を一切使用せず(有機JAS認定資材は除く)、異常気象の中でリンゴ栽培をすることは、想像を絶するほど難しい。また、自分達の生活以上に消費者のことを考えて栽培するリンゴは、知る人ぞ知る逸品だ。そんな大切に栽培された繊細な商品は、健康志向や味にこだわる方にとても支持されている。
私は幸せなことに、そんな強い信念をもった農家さんの知り合いが多く、昨年秋に出会った青森県のリンゴ農家である福田さんもその一人だ。御年80歳には見えないほど空手で鍛えた恰幅(かっぷく)の良い体格からは想像し難い、優しい笑顔で出迎えてくれた印象的な初対面。もうかれこれ50年以上、化学的な資材は一切使用していないと言う。そして、ひた向きにリンゴと向き合った経験から発する言葉の一つ一つに、確固たる自負と苦労の数々がにじんでいた。
「この時期の“富士”は、まだ甘みが物足りない!」そう言いながら、差し出されたリンゴを頬張る私を横目に、福田さんが畳み掛けるように語り続ける。
「私には、夢がある。それは、老人ホームを作ること!」傍らで、「この人、まだ夢を持っているのよっ!」そう優しく合いの手を入れる奥さんが、にこやかにほほ笑む。
“ご老人が老人ホームを作る!” 面食うと同時に、そんなお二人の素晴らしさと力強い生き様に、私はおもわず目頭が熱くなった。年齢ではなく、どのように生きるか、いまの時間とどのように向き合えるかが一番大切だと。
畑を熱心に説明する福田さんの頬を照らす日射と、ずっと昔から彼の人生と伴走するゴツゴツしたリンゴの樹々。たくさんのリンゴでおなかだけでなく心も満たされた私は、リンゴ畑をすり抜ける風のように、ずっと彼方へ夢を馳せながら、今日という日としっかり向き合いたいと強く感じた泡沫の午後に、感謝した。